私にはいいなぁと思う職業が…

by manager

私にはいいなぁと思う職業が三つあります。一つは野球やサッカーの「プロのスポーツ選手」で、彼らは厳しい練習をしていますが基本的に好きなスポーツでお金を稼いでいます。もっともその道で一生食っていけるのはごくわずかの人ですが。私は能力的にとっくの昔にあきらめざるを得ませんでした。二つ目は音楽家や画家などの「芸術家」です。彼らも好きなことでお金を稼ぎますが、これとてなかなか厳しい世界でもあります。私は中学くらいまで無謀にもその夢もありましたが、能力的に断念せざるを得ませんでした。で、最後に残ったのが「科学者」です。我々もまさに日夜研究に勤しむ訳ですが、これとて(教育や臨床でなく)研究だけでお金を稼ぐのは難しいものです。ましてや、多少研究で飯は食えるようになっても「前二者」の成功者に比べれば、その報酬はしれたものです。勿論、今や研究の世界も一昔(といっても日本ではつい最近)と違って、頑張りさえすれば、研究者そのものもそれなりの給料を獲得できる時代になりました。このことはまた別の機会にお話するとして、いずれにしても研究の世界には、金を抜きにして仕事が「面白い」と思えることが原点であると思います。また、その研究を発展させるためには、若い”passion”のある人がどんどんこの世界に足を踏み入れることが大事だと思います。

私は結構小さい頃から(医学生物に限らず)何かの研究者になりたいと思っておりましたが、紆余曲折あって医学部に入りました。臨床医へのノスタルジーがまったくないといえばうそになりますが、結局今のところ基礎の道に留まっています。大学院で中西重忠先生(現京大大学院教授)から生化学・分子生物学の指導を受けたのみならず、サイエンスに対する基本的考え方を洗脳?されました。ピペットマンの持ち方から始まって分子生物学的手法のイロハを大久保博晶先生(現熊本大学医学部教授)から教えていただいたのをはじめ、中西研の先輩、同輩、後輩、さらには共同研究先のさまざまな人たちからいろいろ学びました。ポスドクとしてHarvey Lodish先生(MIT教授)のもとでは、サイエンスをエンジョイすること、そしてサイエンスにおける自由の大切さを学びました。これら研究者としての修業時代の一つ一つが今でも研究を続ける有形無形の力(意欲)になっていることは間違いありません。前ふりが長くなりましたが、我々の研究室は「脳機能の分子的基盤」ということで研究をすすめております。私自身は(クリーニング屋でなく)「クローニング屋」として教育を受けてreverse geneticsの考え方で研究を行ってきましたが、ヒトゲノム計画の全容が明らかになろうとしていた頃、自分の研究の進め方にもっとforward geneticsの考え方をとり入れる重要性を感じました。そして、脳機能の単純な系として、最初に取り組んだのが「生物時計の分子機構」です。

今や哺乳類の時計遺伝子も数多く同定され、基本的に転写調節の問題に帰着することもわかってきました。末梢にも時計機構が存在することで、1)通常培養細胞を用いた生化学・細胞生物学的解析ができる点、2)動物の行動24時間リズムの測定という定量的アッセイ系をもつという点、さらには、3)ヒトにおいて時計遺伝子(Per2)の点変異が睡眠覚醒障害(ASPS)という行動異常を起こすということで、「遺伝子」と「脳機能」の関係が未だ「風がふけば桶屋がもうかる」状態とはいえ、「風」と「桶屋がもうかる」ことは確実につながっていることが証明されている点等で、リズム研究は今やニューロサインエンスのいちマイナーな分野から現代生物学の一つの流行分野になりました。

ここOBIに移ってから約2年がたちますが、その間にもヒトゲノム計画は終了し、我々の染色体コードは今やすべてコンピューターの中にある時代になりました。私の「脳機能」の興味の対象はより複雑な高次なものとなり、新しいプロジェクトを始めました。ちょっと斜に構えていえば「遺伝子で人の心が語れるか」という問題です。一昔前は、マスコミ的にどこかのバラエテイー番組にしか通用しなかった問題も、今やまじめな研究課題と小さな声では言えるようになりました。ただ、正直言ってこの二年間やってきてわかったことは、やはりアプローチがなかなか難しいということです。最大の問題点は、「記憶・学習」における「LTP/LTD」といった一応認められた一部を除いて(といっても、「記憶・学習」と「LTP/LTD」が本当に直接結びついている証拠は今でもないと思いますが)、的確な定量的アッセイ系がないということです。この状況の中ではいくらこれぞ「候補遺伝子」といってノックアウトマウスを作ろうが、証明するアッセイ系がないわけです。現存のアッセイ系で従来のreverse geneticsでは限界があります。Forward geneticsを考える場合、精神疾患が標的になる訳ですが、精神科は残念ながら臨床医学の中でも客観的診断方法に乏しい分野です。さらに統合失調症や躁鬱病のようなメジャーな精神疾患は、多因子疾患でアプローチが難しいということです。確かに癌のように多因子疾患であるかもしれませんが、癌遺伝子のように遺伝子の関与は明らかであり、ひょっとするとASPSのように単一の遺伝子で起こる精神疾患もあるかもしれません。我々が現在とっている第一の方法は、精神疾患の生物学的異常に注目して、現在の発生工学を駆使し、forward geneticsのスターテイングマテリアルとなるモデルマウスを作ろうというものです。未だ作製中で、なんら紹介できる結果は持ち合わせておりませんが、近い将来この欄でも紹介できることを期待しています。

よしも悪しきも、OBIには年一回のadvisory board meetingがあり、恐ろしい?偉大な外部の先生方の前で一年間の成果を報告しなくてはなりません。そこで?前述の私の持論とは矛盾するのですが、reversegeneticsによるアプローチを第二の柱として「候補遺伝子」を探すことを行い、機能解析結果の一つとして「神経樹状突起の細胞生物学」という問題点にたどりついています。樹状突起は細胞核周辺から遠く離れたところで蛋白合成を行う所として、またこのことが神経可塑性と関係しているのではないかということで、細胞生物学的にも神経科学的にも興味深いテーマかと思います。さらに、今はまだ手をつけていませんが、上記マウスのできる頃には、イメージングとコンピューターサイエンスを組みあせた神経回路のアッセイシステムの開発といった未だ夢のようなプロジェクトにも挑戦できるような余裕ができればと思っています。いずれにせよ、新しいものへの挑戦には若い力が必要です。我々が行っているのは実験科学であり、ベンチサイドに元気な若い人が必須です。このことは、PIになって本当に強く感じるようになりました。「人間長いようで短い人生」なにがしかロマンを見つけて生きたいものです。若いやる気のある方々からのご連絡をお待ちしています。

 

内匠 透