精神疾患はRNAの異常?

by manager

(RNA Network Newsletter, 5, 1, July 2006から)

例のごとく?塩見さんからRNAニュースレターに何か書いてくれないかというメールが届きました。特定領域「RNA情報網」の公募には毎回出したものの最後まで班員に入れてもらえなかったので、果たしてどうしたものか???とはちらっと思ったものの、塩見さんからの依頼とあれば断る訳にもいかないということで、恥じを忍んで書かせてもらいます。ということで、今はアメリカ出張中で、朝フロリダのローカルな空港を出てアトランタの空港で遅れた!飛行機を待っている所です。アメリカのミーティングに来ると(残念ながら)いつも世界は進んでいる事実を実感しますが、それとは別に、今朝空港へ来る途中アメリカの中国系ポスドクからおもしろい言葉を聞きました。「今回のミーティングでは、日本人の若いPI(Principal Investigator)がたくさんトークしていたのに驚いた。」確かに、今は若くしてPIになることが当たり前の話になってきました。世の中のあらゆるシステムはアメリカ化していて、サイエンスのシステムも遅ればせながら変化が見えてきました。はずかしながら私は、アメリカポスドク時代、当時の日本の大学院時代にはPIという言葉を聞く事はなかったので、例えば研究所のリトリートで、ポスドク達が集まってPIに関して真剣に議論をしているのを聞いても、私にはそもそも何を問題にしているのか最初は全く理解できなかったのを覚えています。我々の世代は、アメリカでポスドクをやって帰ってきても、30代前半ではPIのポジションはほぼない状態で、助手、講師、助教授とPI(=教授)になるための「下積み」をつむのが「当たり前」の話でした。この期間が短ければ短い程アクティブな状態で教授になれ、長ければ長い程サイエンスに対する情熱はさめていくような法則であったように思います。ついでに、愚痴を並べるなら、昔は40代の教授は若手でしたが、今や若手でない。事実研究費も出すものが(ほとんど)ない状況であります。いわゆるかつてのヒエラルキーのシステムからフラットなシステムに移行する過程で、40代(前)後の世代は失われた世代と言えます。ごく一部の優秀な研究者を除いて、自らがまさに若い時は、教授のために(下)働き、ようやく自分がPIになった頃には、若手にチャンスをという具合です。結果的に、現在の若い人にチャンスを与えるシステムはよいシステムであろうし、その事を否定している訳ではありませんが、何とも納得できないのは正直な所です。まあ、そんな愚痴をたらしていても前には進まないし、ボーディングのアナウンスが始まったので、このあたりでやめにしますが、少なくとも今後は、逆にアメリカのように単に年齢では差別しないシステムに成熟してほしいと思います。

さて、前置きが長くなりましたが、ようやく機上の人になったので(アメリカの住宅を空からみるといつみても豊かだなと思うのは日頃ごちゃごちゃしている所に住んでいるせいでしょうか)、気分をかえて少しはサイエンスの話に移りたいと思います。塩見さんからは何でもいいという事でしたが、読者はほとんどの人がRNAを研究している人でしょうから、RNAに関する話題にしたいと思います。いきなりですが、「精神疾患はRNAの異常である」という仮説は大胆過ぎるでしょうか。流石に現時点では、言い過ぎのように私にも思えますが、「精神疾患はスパインの異常である」という仮説に基づいて私は仕事を進めています。もっともこの程度の仮説もこの間トークの中で使うとある精神科の先生からは言い過ぎだと言われましたが。これから少し説明したいと思います。神経細胞の細胞生物学的特徴は、極性があることと局所翻訳が存在することです。発生学的に神経細胞は上皮細胞と同じであることを考えると当たり前だと言えば当たり前ですが、面白い事実であることに変わりはありません。局所翻訳は、いわゆるシナプス可塑性の分子的基盤と考えることができます。すなわち、神経系シグナルの入出力に必要なシナプス、それを形成するスパイン近傍での蛋白合成が重要な役割を果たしていて、その異常がスパイン、さらにはシナプスの異常をきたし、結果として、(これまで器質的障害がみられないと言われてきた)精神疾患をきたすと考えることができます。我々は、統合失調症の薬理学的(PCP誘導)モデルマウスを用いて、RNA結合蛋白TLSを同定しました。TLSは神経細胞樹上突起及びスパインに存在し、グルタミン酸シグナル(mGluR5)依存性に樹上突起からスパインに移行することを明らかにしました(Fujii et al., Curr Biol, 15, 587-593, 2005)。また、このスパインへの移行にはアクチン系のモーター蛋白であるmyosinVが関与し、酵母の非対称分裂(にはRNA分配が必須である事)と同様のメカニズムが働いていることを最近明らかにしました(Yoshimura et al., revised)。TLSの標的RNAとして、アクチン安定化分子であるNd1Lを同定し、Nd-1Lが確かにスパインの形態維持に必要であることを報告しました(Fujii and Takumi, J Cell Sci, 118, 5755-5765, 2005)。すなわち、TLSはNd-1L等のRNAを樹上突起スパイン近傍に輸送し、スパインの形態維持に関与しているのではないかという仮説が考えられます。現在、それらが実際に局所翻訳に関与していることをイメージングの手法を用いて示そうとしております。さらには、神経細胞樹上突起に存在するRNA、RNA結合蛋白はNd-1L、TLSだけではないので、これらの分子を網羅的に解析することにより、神経細胞における局所翻訳の意義を明らかにするというのが、本特定領域での公募提案だったのですが、残念ながらあまり評価されていないようです。バッテリーがそろそろなくなってきました。それに時差ボケがまだ残っているのか眠たくなってきました。次回のRNAワールド?班にはぜひ仲間入りさせていただけますようお願いして結びとしたいと思います。飛行機をおりると懐かしいボストンです。

 

内匠 透